その男の凄みも怖さも嫌という程に知っていた。血を見るのは好きではないとは言っていても、時には顔色ひとつ変えずに人を手にかけることが出来る、それだけの冷酷さを持った男だ。
だが今日ほど…いや、今この瞬間ほどそれを強く感じたことはなかった。
「…まだ違うこと考える余裕があるみたいだな?」
追い詰められた壁際。上半身だけを壁に押し付けられて腿の上に馬乗りになるような恰好で押さえ込まれる。逆光で陰になった顔はひとつも表情が読み取れないが、見上げれば冷淡な声がだけが上から降ってきた。その声色に、背筋をぞくりと恐怖にも似たものが走る。
「ちが…」
反論しようとして開いたはずの唇は、噛み付くようにして重ねられた唇によって封じられた。次元の意思などお構いなしに入り込み動き回る舌は、全てを食い尽くそうとするかのように荒々しく激しい。
苦しい。ろくに息も継げずにやっとの思いで手を伸ばしルパンの袖を引けば、ルパンはそんな次元を喉の奥で小さく笑った。体重をかけて圧し掛かられていては逃げる術もなくそれを受け入れるしかない。
ようやく唇を離された時には、瀕死の獣のように大きく胸を喘がせてぐったりと壁と床に身を委ねる羽目になっていた。
「少しは反省した?」
「なに…を…?」
息も整わないでいる次元とは対照的に、ルパンは顔色ひとつ変えず呼吸ひとつ乱さずこちらを見下ろしてくる。ゆっくりと伸びたルパンの手が次元の左腕を掴んだ。
「
っ!!」
普段ならばどうということもない程度の力だったが、今だけは違った。駆け巡る激痛に床に爪をたてて身悶え、声にならない叫び声をあげる次元の水色のシャツにじわりと赤いものが広がった。丁寧に縫合されていたはずの傷は開き、鈍い痛みを放ち始める。
「誰が、怪我なんかしていいって言った?」
「…お…俺は…ただっ……」
掠れた声。噴出す脂汗が額に滲んだ。苦痛で顔が歪む。
「聞き分けのねぇ奴には、オシオキが必要だよな…?」
左腕から離れたルパンの手が、今度は次元のシャツをくつろげるために伸びてくる。
「っ!!」
地肌を撫で上げた手が、探り当てた胸の尖りを痛いほどに摘まみあげた。
「痛い? でも痛いのがいいんだろ? 変態」
片膝を次元の脚の間に入れ込み、ルパンが薄く笑いながら次元の股間にその膝を擦り付ける。
「っ…! や…め…」
「キスされて胸弄られて…痛いのに感じちゃったんでしょ?」
ぐっと押し上げられるようにして刺激されれば、その感触に自分が兆していたことを認めざるを得なくて、カッと顔が朱に染まる。雄を刺激されたことで痛いくらいだった尖りにすら緩い快感を覚え始めていて、正直すぎる自分の身体を次元は心底恨んだ。
だが、羞恥と痛みとで涙目になりながらも睨みあげるようにして見上げれば、嘲笑っていたルパンの目がすぅっと細くなる。
「まだそんな顔する余裕があんの?」
反射的に逃げようとした身体を冷たい床に押し倒されて、下着ごとズボンを脱がされた。
「やめっ…!!」
外気に触れてふるりと揺れる次元を見下ろして薄く笑うルパンは、塗れた先端に指を這わせて指を濡らしてから無造作に後ろに手を伸ばした。
「
ぁあああ!!」
何度も繰り返された行為だとはいっても、何の前触れもなしに侵入してくる指はやはり拷問のように思える。
「ル…パ…やめ…」
「何?」
痛みと衝撃に掠れた声で懇願しても薄く笑うだけのルパンにその声は届かない。次元の快感を拾うためではなく、ただこのあとの行為につなげるための一方的で身勝手な愛撫。増やされた指のねじ込まれる痛みに顔を顰める次元にルパンは満足そうな笑みを浮かべる。
「痛いのがいいんだろ? 勝手に怪我するくらいだもんなぁ?」
「いや…だっ…ルパンっ…やめろ…っ」
「やめろ? 誰に向かって言ってんだよ次元。こんなにしてるくせに? 説得力ねぇよなぁ変態」
降りかかる嘲笑。感情の見えない顔には張り付いたような薄い笑いが消えない。
確かにルパンの言うとおり、腕の傷や無理矢理に挿入された痛みを掻き消そうとするかのように次元の身体は貪欲に快感を拾い、こんな扱いをされてなおルパンの言うとおりその存在を誇示していた。
「欲しいんだろ? 俺が。なぁ、欲しがってみろよ?」
「い…やだ…」
頑なに拒否する次元に、ルパンはまた薄く笑う。
「ホント強情だよな、お前」
「っ…」
ずるりと指を引き抜かれて背筋がぞわりと粟立った。
「…なに…を?」
濡れた手が伸びてきて次元のネクタイを引き抜く。そして。
「ひ…!!」
思わず情けない悲鳴が漏れた。信じがたい感触に恐る恐る見下ろせば、勃ちあがったままのものに黒いネクタイを結わえられてしまっていた。
「嘘だろ…ルパ…やめ…」
「イカせてってちゃんと言えたら外してやるよ」
囁かれる声は悪魔の囁き。力の入らない身体を無理矢理引き上げられて立ち上がらされて壁に向かって押し付けられた。
「なんでこんなっ…」
その言葉も途中で半分悲鳴に取って代わられる。指よりも質量を持ったルパン自身が押し入ってくる衝撃に、壁を支えにして次元は悲鳴を噛み殺して耐える。噛み締めた唇から血が滲んで、口の中に鉄の味が広がった。
「なんで…だって?」
耳元にあるルパンの声がほんの少し粗い。
「は…お前が自分で大切に出来ない身体をどうしようと俺様の勝手だろ?」
壁に縋りついた次元の手を握りこんで乱暴に動き出すルパン。揺さぶられて、絶え間なく上がり続ける次元の声に悲鳴だけではない甘いものが交ざり始め、それに気づいたルパンはまた嘲笑うかのように赤く血の滲んだ左腕を掴む。
「っうぁっ…!!」
身体中を支配する衝撃が痛みなのか快感なのかさえも、どろどろに煮えきった頭では理解不能で。靄がかかったかのような意識では身体は言うことを聞かず、重力に任せて崩れ落ちてしまいたいのにルパンはそれすらも許さない。
「壊れちまえよ。それが望みなんだろ? 望みどおり壊してやるぜ?」
「ち…が……」
絶え絶えに吐き出される否定の言葉を鼻で笑い、限界まで張り詰めた前にも手をかける。もうとっくに頂点を極めていてもおかしくないほどの快感と衝撃を与えられて、それでも達することの出来ないもどかしさに意識が混濁していく。
「何が違うんだよ。わざわざ俺が当たるはずだった弾に当たったのはお前だろう?」
「俺…はっ…ただ……」
「ただ、なんだよ?」
飛びそうな意識を手繰り寄せて必死に言葉を紡ごうとするものの、声にならない掠れた喘ぎになるばかり。
「なぁ次元? 俺の言うことを守れねぇような奴は要らないんだぜ?」
「ルパ…」
なぜか。背後から降ってくるその声が泣いているように聞こえた。だから痛む手で必死にルパンの腕を掴み、振り返った。
「ルパンっ…」
言葉にならない言葉の代わりに必死に伸ばした手でルパンの頭を不自然な体勢のまま抱え込む。
「次元…?」
ルパンが血を流すのを見るくらいなら自分が傷つけばいいと思う。それをルパンが快く思わないのを知っていても譲れない。譲るわけにはいかない。自分が傷つくことでルパンが悲しむのだとしても、自分だってルパンが傷つけば同じ様に悲しむのだから。
「……イカせて…」
陥落した。いやもとより反抗する気などなかった。これがルパンの望む自分への罰だというのならば、いくらでも受け入れよう。譲れない信念の変わりにただ一言の許しを請うくらいなんと言うこともない。
震える声で囁けば、一度抜かれて乱暴に向きを変えられた。床に押し倒されて再び圧し掛かられる。
「ルパ…」
再びルパンが入り込んでくるのと同時に、前を戒めていたものを解かれた。
「っぁあああ!!」
届きそうで届かなかった絶頂へ一気に押し上げられ、次元はルパンにしがみついて身体を震わせた。同時に中に火傷しそうなほどの熱を中に感じた。痛いほどに抱き合ったまま小さく唸りながら粗い息をつく。
「……ごめ…ん」
吐精後特有の気だるさ。堕ちていきそうな意識の中、耳元で消えそうな声で囁かれた。ずしりと重みを持った身体が微かに震えている。
「ルパン……?」
「ごめん…」
乾いて茶色く変色し始めたシャツに手を伸ばし、おずおずと腕を撫でるルパン。
「ん……」
本当は全部分かってるんだろ? 俺がここまでされたって、絶対にお前を守るってことだけは譲らないってことも。分かってるくせにお前はお前でそれを譲れなくて認めれなくて。だから、当て付けみたいにこうやって俺を抱くんだ。お互いに不器用で言葉足らずで。でもそれだって言葉にならねぇだけで全部分かってるから、まぁいいか。
「…ったく…少しは手加減しろよな…」
痛む腕を震えるルパンの首筋に回して、次元は小さく笑いながらゆっくりと目を閉じた。
Fin.