視界の隅で、組まれた長い足の先がせわしなく揺れている。傍らにある机の角をトントンと叩き、時折、小さく溜息をつく。せわしなく吐き出される煙草の煙。怒っている。本気で。
「なぁ、次元?」
それまで沈黙を保っていたルパンが口を開いた。冷静なくらいに、ひどく落ち着いた低い声。声をかけられ、びくっと次元の身体がすくむ。ああ、怒っている。怒らせたのは…自分。
「なぁ、次元? 誰があそこで動けっつった? 誰が…」
ぎろりと冷たい目が次元を射すくめる。
「怪我なんかしていいって言った?」
*
緻密な計算で組み上げられた計画。いつものことながらルパンの計画は完璧で、今回の仕事が失敗する余地などどこにもなかった。そう、最後の最後で、次元が独断で動きさえしなければ。
最後の最後でルパン自身が囮になるのも計画のうちだったというのに、それを知らされていなかった次元は、ルパンを心配するあまり勝手にルパンの前に飛び出してしまったのである。
『ルパン、危ねぇっ!!』
『!? 馬鹿っ…!!』
そのせいで計画は水泡に帰し、おまけに次元も怪我を負う羽目になってしまった。
「…誰が、怪我なんかしていいって言った?」
伸ばされたルパンの手が、ソファに座っていた次元の肩を掴む。
「ぅあっ…」
ルパンを庇って被弾した傷口を捕まれ、次元は呻く。じわり、と、シャツに赤い色が滲んだ。
「…何か言ったらどうだ?」
ルパンが今回の仕事に並々ならぬ気迫で臨んでいたことは知っていた。しかし。
「…聞いて、ないぜ…お前が囮になるだなんて…」
「言ってないからな」
呻きとともにそう零した言葉を、ルパンはあっさりと一蹴する。
「何で…」
「言う必要ないだろ。言ったところでお前には関係ねぇんだから」
立て板に水。ルパンが取り付く島を与えないような物言いをするのは今に始まったことではないが、やはり相当に怒っているのだろう。計画を台無しにした自分を。
「…関係なくないだろ? 俺はお前の相棒じゃねぇのかよ」
「そうか? 言わなくても分かるのが相棒じゃねぇのかよ?」
じろりと視線を流され、次元はまた黙り込む。口先でルパンに敵うわけはない。
「何で…そんなに怒ってるんだよっ」
半ば負け惜しみのように発した言葉。その言葉に、ピクリ、とルパンの表情が引き攣った。そんなことも分からないのか? と、ルパンは冷ややかに次元を見下ろしてくる。
「あぁ、わからねぇなっ…」
わからない。計画を台無しにしたこと。いくら思いいれのある仕事だったとはいえ、ルパンの怒りはそれだけではないはずだ。
「相棒失格だな」
「…何とでも言えよ。それに、俺は俺のしたことを間違ってるなんて思っちゃいねぇ」
「…なんだと?」
次元の言葉に、ルパンの柳眉が一層逆立った。その言葉はさらにルパンの逆鱗に触れたらしい。がっと襟首を捕まれ、引き上げられる。その拍子に次元の帽子が飛んだ。
だがそれは、次元の本心だった。たとえ計画を初めから知らされていたとしても、ルパンに危険が及ぶようなことがあれば、真っ先に身を挺しただろう。
「わかんねぇんなら教えてやるよ」
じわりと赤く滲んだ傷口に再び手をやり、ルパンは凍るような瞳で次元を睨みつける。
「お前は俺の相棒だ。つまりは俺の物だ。俺の許可なく傷つけるような真似をするなんざ、許すわけねぇだろ」
次元の血で濡れた指先をぺろりと舐めた。
「…ルパン…?」
それが本心だとするなら…怒りの理由は仕事の失敗よりも、自分が怪我を負ったことにあるのか…?
ルパンは次元の襟首から手を離し、ふっと興味を失ったかのように踵を返した。手を離され、くたりとソファに座り込んだ次元は、呆気に取られたようにその後姿を眺める。
「…ひとつだけ約束しろ、次元」
「何…?」
「もう2度と、俺を庇うような真似はするんじゃねぇぞ」
それだけ苦々しげに告げると、次元の答えを聞くこともなくルパンは部屋を後にした。静まり返った部屋に、次元だけが取り残される。
「…そいつは…出来ねぇ相談だな…」
床に落ちた帽子を深く被りなおし、次元は小さく呟いた。それだけは、たとえルパンとでも出来ない約束だった。
「…同じ約束しろって言ったら、絶対納得しないくせに。…お前も」
踵を返すときにほんの一瞬見せたルパンの悔しげな表情を思い返し、次元は小さく笑った。
fin.